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津地方裁判所上野支部 昭和47年(ワ)21号 判決

原告 坂本英一

被告 国

訴訟代理人 服部勝彦 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(原告の主張)

一、請求原因

1  上野簡易裁判所は、昭和四四年五月一四日原告に対する業務上過失傷害、道路交通法違反被告事件につき、原告に対し、「被告人を罰金四万円に処する。右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。訴訟費用は被告人の負担とする。」旨の判決を言渡した。

2  原告は右判決を不服として控訴したが、名古屋高等裁判所は、同年九月一一日原告に対し、「原判決を破棄する。被告人を罰金四万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労使場に留置する。原審における訴訟費用は被告人の負担とする。」旨の判決をした。

3  そこで原告は、右判決を不服として上告したところ、最高裁判所は、昭和四六年三月二三日原告の上告理由は結局事実誤認の主張に過ぎないとして上告棄却の決定をし、同決定は異議申立の期限である同年三月二九日の経過をもつて確定した。

4  しかしながら、右第一審および第二審の判決は裁判官の過失に基づく違法なものである。

すなわち、第一、二審の判決は原告の業務上過失傷害の事実を認定しているが、その挙示する証拠によれば、原告が時速約四〇キロメートルで小型自動車を運転して事故発生地付近の道路を北進中、訴外岡井が小型トラツクを運転して事故発生地付近の南方にある交差点まで時速約四〇キロメートルで西進して来た上、同交差点を右折して北進し、原告運転車両の前方約一一メートル付近に割り込んだ過失により、また、その際、右岡井は後車のクラクシヨンを聞いて左側にハンドルを切つて最徐行に移つたときにも指示器でこれを指示することなく、後車の追従にのみ気を奪われて前方注視の義務を怠つた過失により、その左前方の道路左側を同方向に歩いていた訴外仏願清三郎に衝突、転倒させて同人に対し傷害を負わせた事実が推定される。そうであるとすれば、第一、二審判決がその挙示する証拠によつて、原告の過失によりその運転する自動車を訴外岡井の運転にかかる自動車に追突せしめ、そのため右岡井の運転する自動車が訴外仏願に衝突したものと判断したのは、裁判官として用うべき通常の注意を払わなかつた過失により、経験則および論理則に違反して事実認定をしたためであることは明らかである。

5  かくて、原告は第二審判決の確定により、罰金四万円の納付を余儀なくされたばかりでなく、金五〇万円相当の精神的損害を蒙つた。

6  よつて、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき右損害合計金五四万円を請求する権利があるが、本訴においてはとりあえず、右損害金のうち罰金四万円及び慰籍料五〇万円中三〇万円の合計金三四万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四七年九月一七日以降完済にいたるまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告の主張に対する反論

国民主権の立場に立ち民主々義の原理に導かれた新憲法は、第一七条によつて国家無答責の原理を放棄し、従来の刑事補償を受ける権利を一つの基本権として保障するとともに、これとは別途に国に対して損害賠償請求をすることを認めた。そしてこの実現を目指した国家賠償法はこれまで救済されなかつた範囲をすべて覆い尽すことを意図したことは当然である。

刑事裁判は民事裁判を拘束せず、賠償請求権の行使にあたつては行政庁および裁判所の判断を前提要件とするものではない以上、本件において刑事裁判の違法を主張することは何ら妨げられるものではない。

(被告の主張)

一、答弁

請求原因事実のうちー、2および3項の事実は認め、4項のうち第一、二審判決が原告の過失を認定したことは認め、その余は否認する。5項は否認する。

二、法律上の主張

わが国法上、すでに確定した有罪判決の不当を主張するには、刑事訴訟手続における再審あるいは非常上告の手続が許されるだけであり、民事訴訟手続においてその当否の判断を求めることは許されないものと解すべきである。従つて、確定した有罪判決の不当を前提とする本訴請求はそれ自体理由がないことが明らかであつて、爾余の審理に立ち入ることなく速やかに棄却さるべきである。

なお、付言すれば下級裁判所のなした有罪判決が、上級裁判所において破毀されたうえ無罪判決がなされ、これが確定した場合には、民事訴訟手続において右下級裁判所の有罪判決の不当を前提として損害賠償を求めることができるとする見解があるが、本訴請求は確定した有罪判決の不当を前提とするものであつて、これと同一に論ずることはできない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、請求原因1、2および3項の事実ならびに同4項の事実のうち、第一、二審判決が原告の過失を認定したことは、当事者間に争いがない。

二、ところで、原告の本訴請求は、原告に対する業務上過失傷害、道路交通法違反被告事件における第一、二審判決には事実誤認の違法があり、そのため確定した有罪判決により損害を蒙つたから原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づきその賠償を請求するというにあり、裁判官の行なう裁判の違法を国家賠償請求訴訟において主張することができることを前提とするものであるから、まず、右の主張の当否について判断する。

国家賠償法一条一項は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずる。」と一般的に規定し、特に裁判官の行なう裁判(民事、刑事の裁判を含む。以下同じ。)を除外していないけれども、裁判官の行なう裁判が違法であることを主張して国家賠償を請求する場合には、裁判制度の本質上、おのずから一定の限界と制約があるものと解すべきである。けだし、国家はその裁判が違法であると主張するものに対しては、当該訴訟手続内において、控訴、上告等の不服申立、さらには異議申立、再審申立などの救済方法を認めているが、その趣旨とするところは、専ら当該裁判の適否は右の不服申立等の手続によつて最終的に確定し、他の訴訟手続においてこれを審判することを許さないとすることにあるからである。もし、仮りに、ある裁判の適否を当該手続における不服申立ないし法定の救済手続(異議申立または再審申立など。)によることなく、他の訴訟手続(例えば刑事裁判の適否を民事裁判で争い、民事裁判の適否を他の民事裁判で争うなど。)において争い得るとするならば、ある事実関係ないしは法律関係に対する裁判は際限なく続けられ、裁判制度の目的の一つである法的安定性は到底実現されないことになるであろう。

したがつて、明文上の規定がなくても、右の不服申立等の手続によつて当該裁判が取消され、または破毀されてその違法が確定した場合は格別、そうでない限り、国家賠償請求訴訟において当該裁判の違法を主張することは許されないものと解するのが相当である。

三、そうであるとすれば、前記第一、二審の裁判が異議申立あるいは再審申立等の手続で取消され、または破殿されてその違法であることが確定したとの主張、立証のない(かえつて、右裁判が上告棄却の決定に対する異議申立期間の経過によつて確定したことは前示のとおりである。)本件においては、原告の本訴請求は、その主張自体失当として排斥を免れない。

よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 泉山禎治)

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